15年前、紅の秋

菅部 享天楽

 

 ショベルカーが高く腕を上げ、爪を立ててコンクリートを引っ掻いた。コンクリートはバラバラと砕けて落下した。再び爪を高らかに掲げ、今度は更に深く抉っていく。壁が一気に倒壊し、砂塵を巻き上げた。私の通っていた小学校が見るも無残な姿に変わっていく。

 大学に進学し、就職先が決まった私は、通っていた小学校が取り壊されると聞いて、3年ぶりに故郷へ帰ってきた。相変わらず、田んぼと亀しかない、田舎だ。上京前と殆ど何も変わっていなかった。私はそれらを見てノスタルジックな気持ちになった。しかし、今、目の前の小学校からはそういった感情は沸いてこない。寧ろ嫌悪感に苛まれ、ああだこうだと筆舌しがたいほど気持ち悪くなった。 

 畜生、少しは小学校の時のことを思い出せるかと思ったのに、何もかもが曖昧だ。全てはあの事件のせいなんだ。

 幼いころのことを思い出そうとする度に、あのコンクリートのように頭の中の映像がバラバラと壊れていき、代わりに別の記憶が映し出される。15年前、紅の秋の記憶を。

私はこれ以上解体工事を眺めると気がおかしくなると思い、その場から去った。

 

 

 

 小学校から私の家に帰る途中に畦道がある。

 その畦道には両端に白線が引いてあり、歩行者の通り道が確保されていた。その白線と田んぼの間には彼岸花が植えられていた。毎年秋になると花を咲かせて、紅の道が出来上がる。

 私は通学路だった畦道の端をよろよろ歩いていた。田んぼは黄金色になっており、あと数日のうちに収穫が始まりそうだ。 

 畦道を進んでいくと四つ角に差し掛かる。車一つ分ほどの広さしかないこの四つ角は、何故か高い塀が設けられており、死界になっていた。しかし、この辺りに住んでいる人たちはこのことを重々承知しており、車でここを通る際は相当に注意して進んでいた。

 ふと、畦道の脇に目をやると、彼岸花が花芽を伸ばしていた。

白線、四つ角、彼岸花。15年前の秋を思い出す。

 

 

 

 15年前、私がまだ小学生のころ、友人の佐田君と白線を渡るゲームをしていた。

 このゲームは名前の通り、白線以外を踏まずに下校する遊びだ。いつも佐田君の後ろをついていくような形で白線の上を歩いていた。

 彼岸花が咲き乱れる畦道を私たちは飛んだり跳ねたりしてゲームを楽しんでいた。

 

 ホップ ステップ ジャンプ

 

 ホップ ステップ ジャンプ

 

 ついこの間までは動くのも辛いほど暑かったのに、今日は心地よい風が吹いている。私たちはいつも以上に体を激しく動かして白線を渡っていく。

 

 ホップ ステップ ジャンプ

 

 ホップ ステップ ジャンプ

 

 ぴょんぴょんと先を進んでいくと、あの四つ角に差し掛かった。私たちの帰り道はこのまままっすぐ進んで行くのだが、そのためにはこの道路を飛び越えて白線に着地しなければならない。

 私はこの難所を何とか行くことができるのだが、佐田君はそれができなかった。

「あーあ。俺はもうパス、無理」

「ええ? やってみるだけやってみればいいじゃんかよ。つまんねえな」

「つまんねえってなんだよ?」

「つまんねえからつまんねえって言ったんだよ」

「分かったよ、仕方ないなあ」

 ぶっきらぼうにそう言うと佐田君は助走をつけて思い切り飛び上がった。

私はあの時、佐田君の手を引っ張ってでも止めるべきだったのだ。

「あ……」

気付いた時にはもう遅かった。佐田君が勢い良く飛んだ時、四つ角から車がビュンと飛び出して来たのだ。甲高いクラクションと鈍い音が同時に響いた。彼の体は跳ね上がり、鉛玉の臭いを漂わせ、紅葉をはらはらと舞わせながら落ちていく。紅葉は夕焼けに照らされ、光を四方八方にまき散らした。彼の体が地面についても、饒舌に紅葉を吐き出し続け、辺りを紅に染め上げた。

車から若い女性が降りてきた。その女性は田舎には不相応な派手な服を着ていた。その人は彼を見るや否や空を切り裂くような悲鳴を上げた。電線に止まっていた鴉は驚き慌てて、飛び去ってしまった。女性はその場に崩れ落ち、ただ大声で泣いていた。

その声で私は我に返った。何が起きたか理解した。

 

私が佐田君を殺したんだと

 

 私は腰を抜かして後退りをした。踵を返して逃げ出そうとしたが、足に力が入らず、よろりとする。私は両手をつけて負傷した獣のように走った。

 彼岸花が両脇に咲いた、畦道を。

 

 

 

 この彼岸花たちは知っている、15年前、私がここで人を殺したことを。

 この彼岸花たちは知っている、15年前、私は裁かれなかったことを。

 今後、この罪を誰にも話さなくても、この彼岸花たちだけは知っている。

 

 そうしていつの間にか私の中にも、彼岸花が根付いた。私の彼岸花は私の幼いころの記憶を糧にして、球根を太らせる。どんどん根を伸ばしていき複雑に絡ませる。恐らく私に根付いた彼岸花はもう抜けはしないだろう。ならばせめて目の前の蕾をへし折ってやろう。