ハッピーバースデイ

ねこねる

 

 

 暗く静かな山奥に、貧乏な動物たちが暮らす小さな村がありました。その村の片隅にある大きな木をくり抜いた穴の中に、とある猫の家族が住んでいました。母と双子の姉妹、ジャミーニャとオミーニャの3人の家族です。

 質素な暮らしをする家族の家には、小さなテーブルがひとつと、3つのベッドがあるだけ。母には狩りをする体力はあまりなく、近くの山で採れた少しの山菜と、姉妹の誕生日にだけ母が作るほとんどスポンジだけのパサパサしたケーキをたべるだけで、毎日じゅうぶんな食事とは言えませんでした。おなかがすいてはみんないらいらして、家族はやさしい気持ちを忘れていました。しかし、絆が冷えきってしまった理由はそれだけではありません。

 父はジャミーニャとオミーニャが産まれてすぐのころにどこかへといなくなってしまいました。突然幼い子どもをふたり残し孤独にさいなまれた母は、それでも懸命に育てることをがんばりましたが、病んでいく心と体に抗うことはできませんでした。ぼーっと山の向こうを眺めている時間が長くなり、子どもたちふたりを平等に愛することができず、姉のオミーニャを見ることをやめてしまいました。オミーニャはそれでも母だからと親孝行のために家事を手伝い、姉らしく凛とふるまう努力をしました。しかし、母にとってはそれがまた苦痛であったのです。本当は自分がやるべきなのに……と、健気に努力を続けるオミーニャの姿は毒となり、逃げるように妹のジャミーニャをかわいがりました。ジャミーニャはそんな母の弱さをよく思わず、姉の無意味な虚しい行いにも苛立ちを覚え、どちらとも深く関係を築くことをしませんでした。小さいころは仲の良かった姉妹も、月日を重ねるうちにどんどんと溝は深く広がっていきました。

 

 数年たち、ジャミーニャとオミーニャはそれぞれ自立し、母とも姉妹どうしでも連絡はとらず自分の人生を生きていました。オミーニャは家を出たあと都会に行き、勉強をしようと思いました。しかしお金も経験もなにもないオミーニャは、都会にでても生きる術がありません。はじめはこれまで以上に食べるものに困りました。しかし幼い頃からの家事の経験や、草花への知識、持ち前の努力家な性格が功を成し、街の片隅の雑草やあちこちに捨てられているものを集め、料理をしました。そんな様子を見た、同じように家を持たない動物たちがオミーニャの元に集まり、持ち寄られた食材を使いみんなでたくさんの料理を作り、不安定ではあるけれどなんとか生きられる場所を手に入れました。家があった分昔のほうがマシな環境であったはずなのに、オミーニャには笑顔が咲き、活き活きと暮らすことができました。自分の作ったものをおいしいと言ってくれる者がいることがオミーニャにとっては何よりの幸せでしたから。

 

 一方ジャミーニャは、不器用でこれといった特技はありませんし、オミーニャのように前向きな性格でもありません。家を飛び出したはいいものの、他人に頼ることもできず、なにも見つけられず、生きていくことは難しいと考え海に向かいました。海はとても広く、なにもなく、ジャミーニャの心をとても穏やかにさせました。家族を捨て、家を捨て、生きる気持ちを捨て、あと捨てられるものは自分の身体だけ。軽い足取りでジャミーニャは岬へと歩いていきました。たどり着くと、そこには1匹のアザラシがいました。アザラシはジャミーニャを見てただひとこと、飛び降りるのかい、と言いました。ジャミーニャは頷きました。アザラシはジャミーニャの手をそうっと握ると、ぼくもだよ、と岬の先端のほうまでジャミーニャを誘導しました。強く、この手を握っていればこわくない。けしてはなさないで。アザラシは微笑みながら言いました。ジャミーニャも手を握り返し、ふたりはゆっくりと崖の下へ落ちていきました。ジャミーニャは海を見ました。海面はモニタのように笑い合っていたころのオミーニャや母の姿を写しだしています。ジャミーニャは悲しくなり、そして、とてもこわくなりました。思わずアザラシの手を強く強く握りしめました。

 

 気がつくと、ジャミーニャとアザラシは砂浜の上にいました。アザラシはずっと手を握ってくれています。ジャミーニャは思い出しました。海に落ちた瞬間、アザラシがジャミーニャをひっぱって砂浜まで引き上げてくれたのです。アザラシは、わたしは泳ぐのが得意だからね、と微笑みました。そして、あの岬ではよく誰かが命を捨てにくるのだと、アザラシはそんな動物たちに本当に大事なものを思い出させるために一度飛び降りて助けるという活動をしているのだと教えてくれました。ジャミーニャはこわかったので、できれば飛び降りる前に止めてほしい、と言いました。アザラシは笑って、でもきみにも大切なものが見えただろう、とジャミーニャの手をひいて立ち上がらせました。アザラシの言うとおりではありましたが、それでもこれからどうすればいいのかジャミーニャにはわかりませんでした。でもアザラシは見捨てません。食べるものと寝るところは用意するから、自分のお店の手伝いをしてくれないかと言いました。アザラシは普段は小物から大物まで、なんでも取り扱う大工さんでした。ジャミーニャは喜んで提案を受け入れ、ふたりは近くの工房へ歩いていきました。

 

 生活も板についてきたころ、カラスの郵便屋さんからふたりの誕生日にそれぞれ手紙が届きました。どこでふたりの居場所を知ったのかわかりませんが、宛名は母でした。内容はただひとこと、「会いたい」とーー。

 ジャミーニャとオミーニャは悩むこともなく故郷の山奥へ向かいました。ただ事ではない何かを察したのか、ただ会いたかっただけなのか……なぜ足が向いたのかはわかりませんでした。うれしさとも懐かしさとも、怒りや哀しみとも違う、複雑な心境で村にたどり着きました。同じ時に到着したジャミーニャとオミーニャは村の入り口で鉢合わせました。お互いたくさんの経験をしたにもかかわらずなにも話せることはありませんでした。無言のまま並んで歩き出し、見慣れた大きな木の元までやってきます。オミーニャは昔と変わらずボロボロのままの扉をたたきました。少し待ってみますが中から返事はありません。ジャミーニャは痺れを切らしたようにほんの少し強めに扉をたたきました。それでも、中はしんと静まり返っているようでした。ジャミーニャとオミーニャは顔を見合わせると、そっとふたりで扉に手をかけました。鍵はかかっていないようで、大して力を込めることなく扉は音をたてて開きました。

 そこは、昔と変わらず小さなテーブルと、ひとつだけになったベッドがあるだけ。そして、そのテーブルの上には誕生日おめでとうと書かれたカードと、ほとんどスポンジだけのケーキが置いてありました。ふたりは胸さわぎがしました。おそるおそるベッドのほうを見ると……もう時の糸が切れた母が静かに眠っていました。

 

 ふたりは母の近くへテーブルを寄せると、ケーキを食べながらお互いのこれまでのことを話しました。オミーニャは、もっと母を大事にしたいと思う気持ちと、ジャミーニャへの嫉妬で板挟みになり、結局逃げてしまったことを懺悔しました。ジャミーニャは、オミーニャの家族を想う気持ちを知りながら母が自分ばかり構うことが許せず、その結果どちらにも冷たく当たってしまったことを涙ながらに謝りました。

 そして、クリームの少ない素朴なケーキは、どれだけ会話が少なくなっても毎年必ずふたりの誕生日に母が作ってくれていたことを思い出させました。いまになって思えばふたりは母の誕生日すら知りません。母にとっての特別な日は、姉妹ふたりの誕生日だけだったのです。このケーキこそが母からふたりへの愛情の証だったのだと、初めて気がつきました。

 今年のケーキはなんだかしっとりとしていました。

 

 それからさらに1年後の誕生日に、生前母が憧れていた海の街の商店街の中にふたりはカフェをオープンしました。名物メニューはクリームが少しだけ乗った素朴なスポンジケーキの「マザーズケーキ」。

 オミーニャは都会で学んだ料理の腕で調理師の資格を取り、ジャミーニャもアザラシの元で修行した結果デザイナーとして活躍していました。ふたりの想いと技術はカフェにぴったりでした。母の亡くなったあの日、お互いの気持ちを伝え、仲直りしたふたりはお互い手を取り合って生きていくことを決めたのです。

 母との思い出と家族の絆をこのカフェに込めて。

 ふたりは新しい未来の誕生を願いながら看板を掲げました。

 カフェの名前は、「ハッピーバースデイ」。