AI掃除機

ねこねる

 

 僕はAIを搭載した、自分でいろんなことを学ぶ掃除機。ずーっとこの研究所の中でお掃除を頑張っていたけど、ついに一般のお家でのお仕事を貰えたんだ。「しけんてき」って言っていたけどどういう意味だろう? あとで教えてもらわなきゃ。それに、「一般のお家」ってどんなところなんだろうか。楽しみだなあ。

 僕はワクワクして今にも動き出しそうなボディをカチリと充電器に寝かせて、スリープモードに入った。

 

 

 次に目が覚めたとき、そこはいつもの研究所じゃなかった。これが一般のお家というところかな。研究所よりずいぶんと狭いんだ。

「わあ、これがAI搭載の掃除機? あんまりスマートな形じゃないね」

「思ったより大きいわ。これで本当に家の中のどんなところでも掃除してくれるのかしら?」

「そおいきっ、そおいきっ」

「チカちゃん、そ・う・じ・き、よ」

「うん、そおいきっ」

 目の前にいた3人はワッハッハと笑顔だ。僕もつられて嬉しくなる。この3人のことは知っているよ。研究員さんからあらかじめデータをもらっていたんだ。一番大きなメガネをかけた人間が相田和臣、通称「お父さん」。隣にいるベージュのワンピースを着た人が相田春子、通称「お母さん」。そして一番小さくて元気がいいのが相田チカ、通称「チカちゃん」。お父さん、お母さん、チカちゃん、僕しっかり覚えてきたよ。これからよろしくね。僕はピコピコと声をあげた。

「おお、ちゃんと電源が入ったみたいだ」

「よろしくね、掃除機さん。……せっかくだしお名前つけてあげる? チカちゃん、掃除機さんのお名前何がいい?」

「ワンちゃん!」

「こらこら、これは犬さんじゃないぞ」

「ワーンーちゃーん!」

「しょうがないわね……まあワンちゃんでいいんじゃない?」

「そうだな……なんでもいいか。じゃあ今日からお前はワンちゃんだ」

 呼び名を登録したよ。僕は今日からワンちゃん。ワンちゃんと呼ばれたらお返事するようにするね。さっそく僕にここをお掃除させてよ。

「じゃあとりあえず、このリビングを好きに掃除してくれる?」

 任せて。

 

 

 1時間ほど経って、僕はリビングのほとんどを掃除し終わった。棚や家電の上も裏も、その中も、もちろん床から何まで綺麗に磨きあげたつもりだ。僕がお仕事をしている間、お父さんとお母さんは興味深そうについてまわった。チカちゃんは一人で遊んでいたんだけど、途中で1回ふにゃふにゃ言いだした(ああいうのをなんて言うんだろう? お母さんは「ぐずらないで」などと言っていた)のでお母さんがトマトジュースとやらを持ってきて差し出していた。

「すごいわね、何か壊したりするかと思ったけど……」

「ああ、完璧だ。ワンちゃん、やるなあ」

 どうやら褒められているみたい。嬉しいな。でも特に指示をされなかったのが意外。研究員さんは完璧な僕にするために毎日がんばっていたけど、いつも言っていたんだ。「家庭によって求められることは違うから、想定通りにはいかない。しっかり学習するんだよ」って。研究員さんの想定通りだったのは嬉しいことかもしれないけれど、僕はもっと学びたかった。研究員さんにもいっぱい褒めてもらいたいんだ。

「わーん!!」

 突然チカちゃんが泣きだした。お父さんとお母さんが慌てて駆け寄る。僕はその場でチカちゃんをセンサーに捉えた。

「もう、しっかり持っていないとダメじゃない」

「うえーん……とまとお……」

「何か拭くもの……あ、そうだ。ワンちゃん。このこぼれたジュースを掃除してくれる?」

 僕は呼ばれたのでお母さんのところへ移動した。チカちゃんの座っている近くの床に液体が広がっている。これを掃除すればいいの?

「お願いね」

 僕はジュースの上に体を移動させた。そして一気に吸引する。これは僕の得意技なんだ。体に入った液体はフィルターを通ってろ過しながら水分だけ蒸発させるよ。そんなにキャパはないし時間はかかるけどね。ちなみに、ろ過で取れたゴミはちゃんとゴミ箱に持っていくよ。

「えらいな。今度またチカちゃんがこぼしたら、頼むよ」

 わかった。覚えたよ。これからもジュースがこぼれたら僕が綺麗に吸っちゃうね。僕は学んでいく掃除機だから。楽しいなあ。

 

 

 それから1週間が経った。僕たちはちゃんと仲良くすごしている。

 今日は火曜日。お父さんは朝から仕事に出かけている。今は夕方だからもうすぐ帰ってくると思う。お母さんは晩御飯を作っている最中だったが、どうにも足りないものがあるらしく、チカちゃんが眠っている隙にひとりでお買い物に出かけていった。お母さんもすぐ帰ってくると思う。僕はリビングの隅っこにある充電器に収まってじっと出番を待っていた。

 そんなとき、どすんと何かが落ちる音がした。そして聞こえる。

「ワンちゃん!」

 僕を呼ぶ声が。僕はすぐに電源を入れる。そしてセンサーで音の主、チカちゃんの姿を探した。チカちゃんは「いたいいたい」と大声を発している。「いたい」ってどういう意味だろう? あとで聞いておかなきゃ。

 チカちゃんはリビングから繋がっている台所にいた。調理台に登ろうとして落ちたようだ。その際、台の上に置いてあった包丁も落ちたようで、チカちゃんの足に突き刺さっている。そこから真っ赤な液体が流れていた。

「ワンちゃあん! あああああん」

 チカちゃんはずっと大きな声を出している。僕はこんなときどうすればいいか知ってるよ。この家で学んだんだ。僕に任せてよ。

 僕はチカちゃんの足の上に乗った。包丁がぐいと足に押し込まれて、チカちゃんはそれまでとは比べものにならないくらい声を出した。ここで僕の得意技。勢いよく赤い液体を吸った。不思議なことに、乗る前に見えていた液体よりも、吸っている液体の方が多く感じられた。2〜3秒で吸えるくらいだと思ったのに、どんどんどんどん、液体が検知される。僕は一生懸命掃除した。いつのまにかチカちゃんは静かになっていた。

「きゃああああああああ何してるのおおおお!!!!!」

 お母さんが帰ってきたようで、僕を見下ろしながら叫んだ。そして僕を突き飛ばそうとしたけれど、僕は重かったのであんまり動かなかった。でもこの場にいないほうがいいのはわかったので僕は自分からその場を離れた。お母さんは動かないチカちゃんを抱き上げてずっと何かを言っている。

 僕はフィルターに引っかかっていた包丁を捨てようとゴミ箱の前までくると、急にドカンと背中に大きな衝撃を受ケ、ウケ、受けた。振り返るとフライパンを持ったおかアアあさんがいる。その拍子に包丁を飛ばしてしまう。包丁はお母さんのアシにも刺さった。アアア、またジュースが! 僕が掃除しなケ、ケケケ、ければ! 僕はスピードを出してお母さんにぶつかった。お母さんはあっけなく倒れた。僕はお母さんの上にこぼれているジュースの上に乗る。お母さんは僕を引き離そうとものすごく暴れる。掃除しないといけないんだ。僕が。僕が。それが僕のオシゴトだから。僕はお母さんから離れないように、体じゅうにしまわれていた道具を取り出して、お母さんにがっちりと突き刺した。さらにジュースがこぼれた。なんで! 次から次に、ドウシテ。急いで掃除しなければ。僕が汚してしまったら研究員さんに怒られてしまう。

「お、おい! おま……! なんっ……なんだこれは!」

 お父さんが帰ってきたようだ。お父さん見ててね。ちゃんとお掃除するからね。僕は吸引ガンバッタ。

「止まれ! 掃除機! 止まれ!」

 停止コードが聞こえた。でも僕は「ワンちゃん」で登録されている。「掃除機」が認識デキ、デキない。だめだ、だめだめ、こんなことをしていたら怒られてしまう。止めないと。止めないといけないのに。お父さん、呼んで。僕の名前を呼んで。僕を止めて。

「こンの掃除機いいいいいいいいい!!!」

 

 

「もう、ここで研究はできないな……」

 僕は大好きな研究員さんの隣で目が覚めた。研究員さんは僕をじっと見ていた。僕にはその感情を読み取ることはできない。僕はAI。たくさん勉強してたくさん学んでいくけれど、人間と同じにはなれない。チカちゃんも、お母さんも、お父さんも、ちゃんと綺麗にお掃除できたのに。褒めてもらえると思ったのに。あのあと迎えにきた研究院さんに強引に電源を切られてしまった。どうしてそんなことをされたのかわからない。体内のデジタル時計では数週間が経っていることがわかった。これから、新しい仕事だろうか。研究員さん、今度はもっとがんばるね。次はどのお家に行くの?

「さよならだ」

 さよなら? どういう意味だろう。あとで聞いておかなーー