狐火の村

上坂 涼

 

「このままじゃ村が潰れる! 村おこしじゃあああ!」

「村長、騒ぐとまたお隣の杉野さんに怒られますよ」

「おーまーえーは! 村が潰れるっちゅうてるのに、ご近所さんづきあいなぞ気にしてる場合じゃないでしょ!」

 地方の山中にある神庭村。昨今の大不況の波に飲まれ、特産品の売れ行きは右肩下がり――いや、もはや下がる肩も無い。このご時世にドクロの木彫りなど誰が買うというのか。

「といってもねえ……。うちの村は家畜と畑で充分に自給自足出来とりますからね。わざわざ外からお金を落としてもらわんでも生活出来てますし。村が潰れるっつーのは大げさですよ村長」

「そんなことない! ないったらない! とにかくね、もうオイラも歳なの。和式便所でしゃがんでる最中に、よろけて仰向けに倒れちゃう経験したことある? ないでしょ? それはもう大変なんだから」

「はあ」

「はあじゃないからね!? オイラの読みだとね、村の若者離れが著しいのは和式便所のせいなの! 村が和式便所のせいで潰れるなんて嫌でしょ!? オイラの娘もそれで東京行っちゃったし。だからなんとかしてさあ、軍資金作ってパーッとオシャレな村にしたいわけよこっちは。頼むよ藍沢ちゃん」

 先ほどから村長の大山の話を聞いている藍沢という男は、正式な村の住人というわけではない。高齢化が進む村々をサポートする民間企業『生涯現役』というところから神庭村に派遣された社員である。もう一人、桜井という女性社員も一緒に派遣されてきているが、彼女は村の女性を中心にサポートしているため、今ここにはいない。男性サイドのサポートをするのが藍沢の持ち分になるわけだが、村長の話し相手に付き合うと、業務管轄外の相談事を持ちかけられることが毎度のことになっていた。何度上司に相談しても、「手伝ってやれ!」の一言しか言わないため、今となっては藍沢は『神庭の便利屋』として名を馳せるまでになっていた。

「村おこしねえ……。ま、とりあえず集会開きましょうか」

 集会は村民の代表者だけがやってきた。高校生から男女一人ずつ、青年から男女一人ずつ、役職を持つ老人ら十二人、そして藍沢と桜井の二人。計十八人による会議である。半数以上が老人という中で、若者がいかに積極的に青い風を吹かせることが出来るかが鍵だと藍沢は考えていた。

「というわけでっ! 皆々様の優秀な頭脳をお借りして、村に雲を貫く高層ビルがおったつような村おこし案を生み出したい次第! ではさっそく我こそは! と手を挙げる者はおりますかな?」

 村長大山の音頭を幕開けとして、会議が始まった。

「まず言いてえんだけど、村おこしなんぞする必要があるんかい?」

「それだよなあ。別に俺ら困ってねえしよ。藍沢ちゃんみたいな人もいるし、なんかあっても大丈夫でしょうよ」

「そんなことはないです」

 高校生組の男子が手を上げてメガネをくいと持ち上げた。男子の横に座っている女子も寸分遅れてメガネを持ち上げる。どちらも理屈っぽそうな性格であることが伺えた。

「なんね、問題あるっちゅうんか」

「はい。まず言っておきたいのは僕も、隣にいる高橋さんも東京の大学に進学します。その後、この村に戻ってくることはないでしょう。お盆に戻るかどうかもちょっと……」

「田中くん、なんで? ずぅっとここで暮らしてきよったじゃない」

「そうだそうだ。恩知らずもいいところだ」

 老人達がガヤガヤと騒ぎ始める。村長である大山も悩ましげに腕を組んだ。老人達がだんだんと怖い顔へと変わっていくのをじっくりと眺めてから、田中くんがメガネをクィっと持ちあげて、口を開こうとする。果たして、その問題とはいったいなんなのか。

「なぜなら和式便所だからです!」

 和式便所だった。

「具体的には和式便所だけじゃありません。あたり一面、肥やし臭いし、学校は遠いし、バスは無いし、ゲームセンターも無い。……僕らは! 悠々自適にオシャレな生活がしたい! パリピになりたい! タコパがしたい! ああそうさ、ここは何もかもダサいんだ! ようやく出ていけると思うと嬉しくってステップ踏んじゃいますよ!」

「田中お前言い過ぎだぞコラ!」

「十七年しか生きていない分際で、何を知っとるっちゅうんか!」

「うるさいバーカ! パソコンのキーボードを足ツボマッサージ機代わりにするようなジジババどもに僕らの気持ちが分かってたまるもんか!」

「なんだとう!?」

 と、田中くんの隣で黙って座っていた高橋さんがボソリと言った。

「ドクロの木彫とか特産品にしてる時点でありえないから」

 老人らがしんと静まりかえる。そこは老人らも同意見らしい。

「き、木彫の件は一旦置いておくとしてよう。キーだか、ボーだか知らんけど、それで飯が食えるんか? そんなん無くたってこっちは畑で食ってけるんじゃバカ!」

「そうだそうだ! 農業なめんな!」

「まあ聞け!」

 混沌の様を容してきた集会場に、大山の声が響く。田中くんも老人らもしぶしぶ押し黙った。

「オイラも田中くんの意見には賛成なんよ。和式便所のままじゃ、村は潰れるぞ。みーんな洋式便所のあるところに引っ越していっちまうでな」

 大山の言葉に、老人たちの多くがうーんと息を漏らした。どうやら思い当たるところが無いわけではないらしい。皆、少しは和式便所のままではいけないのだと薄々感じていたのだろう。

「さあさ、事の重大さが伝わったところで、具体的に外から人を呼べるような案はねえか?」

 大山の言葉を聞いて、青年組の女性が手を上げた。村人から春川先生と呼ばれて慕われている村医者である。

「星空ツアーとかどうでしょう? 都会だと人工の灯りが満ちている影響で、星空をくっきりと見ることが出来ません。この神庭村のような道路照明灯が十メートルに一本あるかないかのチンケな……失礼。星を綺麗に見ることが出来る村は貴重です。やらない手は無いと思います」

 だが老人らは渋るように首をひねった。老人らだけではなく、高校生組も首をひねる。

「……なにか問題でも?」

「いやあ、春川先生。肥やしが……」

 と、大山。

「肥やし臭いところで、わあ星が綺麗。なんてロマンティックな気持ち抱けないでしょうね」

 と、田中くん。

「それにお客さんも和式便所を使うわけでしょう? バスだって一本走っていないわけで。リピ無し確実でしょうね。むしろクレームの嵐かも」

 と、藍沢の同僚である桜井。

「まあ、そうですね。この案は別の村おこしで資金を調達してから行うのが良いかもしれません」

 春川先生は皆の意見に対し、そう返事をして締めくくった。田中くんとは大違いの対応に老人たちが微笑む。朗らかムードになってきたところで組合頭の竹谷が手を挙げる。

「若え女の子達にビキニ着させて接待させるっちゅうのはどうだ?」

 竹谷は大山と女性全員から袋叩きにされ、集会場から追い出された。

「……さて。下衆な案で場が引き締まったところで、別案ある者はおらんかい?」

 大山の声に、ここぞとばかりに藍沢が手を挙げた。彼にはとっておきの案があったのだ。

「資金がない、肥やし臭い、交通の便が劣悪。駄目なところが目立ちますが、神庭村には良いところもあります。朗らかな人間性、美味しい畑の野菜や豚と鳥の畜産品。そして野趣あふれる広大な山林。要はデメリットをメリットに逆転させてしまえば良いんです」

「つまりどういうことだい藍沢くん」

 きょとんとする大山に藍沢はニヤリと笑った。

「つまり、肝試しですよ」

 

 若い男女のカップルが、森にはびこる濃い闇をろうそくの灯りで退けながら歩みを進めていた。二人の顔は蒼白に染まり、今にも気絶しそうだった。

 みし、みし。という靴が小枝を踏みしだく音に紛れて、老若男女の声が四方八方からやってくる。かすかに反響する声々は楽しそうに踊る。

 あはは……はは……は。

 うんめぇ……めぇ……ぇ。

 やっぱり豚だなぁ……なぁ……ぁ。

 二人は顔を見合わせて、複雑な表情を浮かべた。怖がっているような、楽しんでいるような。そんな顔を。

 気を取り直し、枝葉をかきわけて奥へと進んでいく。だんだんと二人の周りを白い煙が覆っていく。霧か――それとも無形状の霊魂か。煙はおののく二人の鼻へと潜り込み、かぐわしい香りを味わわせる。まもなくして、ふつふつと湯が煮えるような音と、シューッと鉄板の上で何かを焼くような音があちこちで飛び交う。

 二人は走った。ろうそくの蝋が飛び散るのもいとわず、とにかく目的地へと走った。あちこちの枝葉の隙間からちらりちらりと見え隠れする青い炎。濃い闇に浮かぶ青は実に鮮やかで幻想的ですらある。まるで無数の狐火が灯となって森を飾っているようだった。

「いらっしゃい。こちらへお座りなさい」

 二人が辿り着いた先には着物姿の老人と老婆がイグサで織ったござの上に座っていた。どちらにも狐の耳と尻尾が生えている。ござの中心にはガスコンロとマイクが置かれている。ガスコンロから吹き出る青い炎が土鍋を熱し、その中で湯が沸騰していた。

「このような半宵に森へと迷い込むとは。おいたわしゅう……まだまだ現し世への道程は遠い。せめてもの慰みにここで腹を満たしていくがよろしい」

 老婆がそう言うが早いか、老人が青々とした野菜を切っては湯へ投じ、そこからさらに頃合いを見て肉を投じた。やがてかぐわしい香りが鍋から煮立ち、男女の鼻腔をくすぐる。

「さあ、たんと召し上がれ」

 鍋から具を移した皿を男女に差し出した老婆がニヤリと笑った。

 

「ガハハハ! 大盛況じゃねえのよ! さすが藍沢ちゃん!」

「あ、ちょっと……痛いですって」

 バシバシと藍沢の背中を叩く大山は超がつくほどのごきげんだった。

 藍沢の案は今の神庭村の状態を最大限に利用するというもの。要するにインフラの整っていない神庭村だからこそ出来るエンターテインメントを考えてみようという案だ。激論の末、山霊を主軸とする肝試しイベントをやることに決まり、あれよあれよとこのような形へと内容が固まって実行へと移したというわけだった。この藍沢の発案は大当たりし、全国のオカルトマニアを中心に話題が沸騰。今では年齢問わず観光客が押し寄せるまでに至った。新たに建設した土産屋には狐や狐火を模した木彫がずらりと並び、売れ行きも好調。ちなみに村のイメージとマッチしたのか、物珍しさがダントツだったのか、今まで見向きもされなかったドクロの木彫が売上ナンバーワンである。

 肝試しイベントとは言っても、客をもてなす役の人間以外は、森のあちこちで狐のコスプレをして鍋パをしているだけである。ガスコンロがもたらす青い灯が勝手に幻想的な森の風景を演出してくれるという寸法だ。

「藍沢ちゃんは老人介護よりも企画屋の方が似合うわな! いっそのこと役所の街づくり推進課ちゅうところに転職してみたらどうよ」

「いやいや。もう僕は『神庭の便利屋』っつう大事なお役目に就いてますんで」

 藍沢はそう言って、照れくさそうに笑った。