案内人
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細い山道から逸れ、さらに細い、アスファルトの隙間から草が生い茂る道を歩くこと数時間。そこは、そこそこ有名な廃病院だった。噂によると、この病院で非業の死を遂げた精神病患者の呪いがかかっているとのことだ。
廃墟好き、ホラー好きの中でも、曰くつきの場所だ。なにせ、ここに1人で行った人物は、尽くが行方不明となっているらしいのだ。2人以上で行っても、1人は必ず行方不明になる。半年ほど前に、本当にこの場所を一人で訪れて行方不明になったとニュースでやっていたが、そんな噂が広まって、行ってはいけないホラースポットと言われている。
そんな場所に、私は、1人で訪れていた。これまでも多くのスポットを回ってきたが、今まで噂のたぐいが真実であることは無かった。この場所の噂も、所詮ただの噂だろう。
アスファルトの道が獣道に変わり、やがて踏み固められているかも怪しい、進んではいけないような不思議な気分にさせられる道になる。その先に、大きい建物…廃病院が見えてきた。廃病院の回りをぐるりと回る。窓には板が打たれているが、とくに変なところもない。日は暮れかけ、暗くなり始めている。一周回ったとき、病院の玄関の所に、男性が立っているのが見えた。幽霊かと思うくらいに痩せていたが、男性はこちらを見つけ、会釈をした。こんばんわ。と声をかけると、こんばんわ。と返される。
「あなたもここの探索へ?」
「ええ。廃墟に目がなくて…あなたも?」
「私はホラーが好きなんです。だからここへ…どこかでお会いしました?」
「え?どうでしょう、廃墟巡りは良くしているので、どこかであったかもしれませんが…すみません、覚えてません」
「そうですか。いえ、私も他人の空似を勘違いしたかもしれません。私は中へ入ろうと思います。ご一緒しますか?」
「ええ、ここは想像以上にホラーチックですから、できればそうしていただきたい」
「わかりました。それでは、行きましょうか」
私は男と連立って、エントランスの扉に手をかけた。扉は自動ではなく、両開きの大きなものだった。大きな音を立てながら押し開けて、その奥の広いエントランスに足を踏み入れる。ヒンヤリとした埃っぽい空気を切って、エントランスを進んでいく。
「珍しいですね。廃墟好きの方は、明るいうちに来られる方が多いと思っていたのですが」
「そうですね…まぁ、怖いもの見たさですよ」
エントランスは、思ったより外の光が入って明るかった。そのまま、奥へと続く廊下を進む。窓のない廊下までは光の届かないようで、真っ暗だ。懐中電灯を出して、辺りを照らす。男はあたりを確認しながら照らした先の部屋に入ったので、後に続く。
「うっ」
入ってすぐの場所に、こっちを見ている人体模型が置かれていた。不意の光景に、思わず声が出てしまった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です」
先に入っていた男に声をかけられる。
「そんなところに人体模型が…気が付きませんでした」
「ええ、たちが悪い」
「ほんと、たちの悪いイタズラですね」
「まったくです」
部屋を見回して、次の部屋へ。なかなか複雑な構造をしている病院で、迷ってしまいそうだ。
「これは、迷ってしまいそうですね」
先を行く男に話しかける。
「そうですね、無事に帰れるか心配になります」
そう言いながら、男はどんどん進んでいく。周囲を確認し、写真を撮りながら進んでいるはずなのに、なかなかのスピードだ。さっきの、見たはずなのに気が付かなかった人体模型にも、驚くどころかスピードを落とすこともなかった。
「もしかして、以前来たことがあるんですか?」
「いいえ、ないですよ。すみません、なんだか興奮しちゃって。少し早かったですね」
気味が悪くなってきた。まるで、どこかに誘われているような、そんな感じだ。
「ええ、すみません。そろそろ戻りましょうか」
「そうですか、私はもう少し先に進みたいのですが…」
来た道を引き返す。…いや、引き返した、はずだ。道が、わからない。似たような廊下が続き、左右はどこまでも部屋が続く。いくつか部屋にも入ってみたが、どこも窓のない部屋だった。こんなに大きい病院だったか疑いたくなる。
「大丈夫ですか?この病院は患者が逃げられないように入り組んだ作りになっていると聞きます、私が先導しましょうか」
「っ…先導?」
「ええ、記憶力には自身がありまして。こっちです」
言うなり、男は歩き出す。ついて行ってはいけない気がするが、ここから自力で出られる気もしなかった。しばらく歩いて、ふいに、男は一つの扉を開けた。
「ああ、ようやくたどり着いた。ここが、私達の終点ですよ」
そこは、広い部屋だった。部屋の中にはいくつもの白骨が転がっていて、男はその前に立ってこちらを振り返る。
「どういう事だ!」
背中を嫌な汗が流れる。
「言葉のままの意味です。私達は、ここまでしか来られないのですよ」
「おい!外はどっちだ!」
「外ですか。もう出られると思いますが…無駄ですよ?道の先には戻れませんから」
「ふざけるな!」
男に掴みかった。その時、服と一緒に、男の肌まで掴んでしまった。
ズルリ
皮が、剥げる。
「っ!?うわあぁぁ!」
思わず後ずさった所で、男はニヤリと笑う。それと同時に、顔を作っていた肉がボロボロと崩れ落ち、目玉が転がり落ちる。
「次は、あなたの番です。ガンバッテ、ツギノニエヲ、ココ…マデ…」
男の全身が崩れ、肉がすごい速さで萎縮して、数十秒後には、男は白骨の仲間になっていた。
「なんだ…どういうことだ!?」
男は、目の前の光景に呆然とした。しばらく立って、男はふらふらと立ち上がると、外を目指して彷徨いだした。
その日、また一人、行方不明者が出た。