俺がMeTuberになったワケ

ねこねる

 

「お前、また来たのか…」

ふと窓を見ると、1匹の白い猫が庭の真ん中でじっとこちらを見ていた。毎日なのかどうかは意識していないのでわからないけれど、ここ3ヶ月くらいふと窓を見た時にはいつもそこに同じ猫がいた。幼少期にマシロという名前の猫を飼っていたが、マシロは俺が小学生の時に老衰で死んでしまった。以来ペットロスを引きずり続けている俺は、猫が苦手だった。しかも庭に来るそいつは、マシロにそっくりな白い毛並みと青い瞳を持った猫だった。

庭の猫を見るたびにマシロのことを思い出して胸がキュッとする。俺は気づいたときにはすぐにしっしと追い払っていた。窓を開けてギリギリまで近づかないと、猫はなかなか逃げて行かない。人間が好きなのだろうか。人懐こいところまでマシロそっくりだなと思った。

 

***

 

そんなある日、いつものように出勤して仕事を始めようとしたとき、急に全社員が集まるようにアナウンスが入った。言われるがまま一番大きな会議室に向かう。中はたくさんの人で溢れていた。そして告げられたのは会社の倒産だった。俺も他のみんなも、理解が追いつかず会議室はしんと静まり返った。

あのあとどういうことだと詰め寄るものもいたが、ほとんどの社員はそのままUターンするように帰路についた。俺もそのひとり。トボトボと足取り重く帰り道を歩いていると、道端で座り込んでいるおじいさんがいた。

「大丈夫ですか!」

慌てて声をかけて駆け寄る。どうやらおじさんは転んでしまった拍子に杖も転がっていき、立ち上がれなくなっていたようだ。俺は手を貸しておじいさんを立ち上がらせ、杖を拾ってしっかりと握らせた。

「悪いねぇ……お兄さんありがとう」

「いえ、見たところ怪我はなさそうですが、念のため救急車を呼びましょうか?」

「いやぁいい、いい。大丈夫だとも。明日病院に行くつもりだったし、そのとき診てもらうよ。ところで……」

にこやかに話していたおじいさんだったが、すっと真面目な顔になった。何事かと俺は少し身構えて続きを待った。

「ずいぶん下を向いて歩いていたようだけれど、どうかしたのかい?」

優しくもどこか威厳を感じるおじいさんの声に、思わず会社が倒産してしまったことを素直に話してしまった。

「ふむ」

おじいさんは少し考える素振りをしたあと、今のあなたには必要でしょうと、とある住所を俺に教えてくれた。都道府県を聞いただけでずいぶん遠い場所だったので、行かないだろうなとは思ったが、一応スマホでメモをとった。

 

***

 

数日後、いわゆる独身貴族で貯金もあった俺は、何もする気がおきず、スマホで動画を見ながらぼーっとしていた。このときメモのことはすっかり忘れていた。ふと庭を見ると、またあの白い猫がいた。俺は追い払おうと立ち上がった拍子にスマホを蹴飛ばしてしまう。開けていた窓から飛び出したスマホは猫の眼前で止まった。一瞬キョトンとしたあと、猫は当たり前かのようにゆっくりとスマホを踏んだ。

「おいおい!」

さすがに慌てて駆け寄ると猫はさっと逃げていった。しかし肉球に画面は反応していて、表示されていたのは動画アプリではなく、メモ帳アプリ。おじいさんに教えてもらった住所がそこにはあった。

「……暇だし、行ってみるか」

 

***

 

その場所は、分かっていたはいたがものすごく遠かった。新幹線に2時間半も乗ったあと、さらに特急電車に乗って1時間。そこからまた1時間、車両の少ないローカル線に揺られた。電車が進むたびにどんどんと街並みは消えていき、景色は山ばかりになる。目的地の駅に着いて降り立つと、山ばかりだと思っていたが意外にも住宅がいくつもあるようだった。お店などは見当たらないが、それなりに人は住んでいるようだ。

その中にひとつ大きな建物があった。そこが教えてもらった住所の目的地。入口の前にある石のオブジェには図書館と書かれていた。

ピピピピピと変な音がする自動ドアを通ると、中は開放感抜群の広い大きな部屋がひとつあるのみだった。そしてたくさんの本、本、本。東京の近所の図書館よりもずっと大きくて、綺麗で、静かで、心地のいい空間だった。

 

地元の人でないと本は借りられないのではないか、読むだけなら大丈夫だろうか。初めて来た場所の図書館なので急に不安に駆られる。とりあえず、司書に聞いてみようと受付カウンターの前に立った。

「初めてのご利用ですか?」

受付にいる司書の女性はにこりと微笑んだ。

「初めてです。この辺の者じゃないのですが、本はお借りできますか?」

「申し訳ございません。どなたにも貸し出しは行っていないのです。当図書館の本は、この図書館内でのみご利用ください」

「はあ、そうですか。わかりました。では」

「あ、お客様」

それならば中で読もうと本棚に向かおうとすると、司書に呼び止められた。

「重ね重ね申し訳ございませんが、当図書館の本はお客様が自由に本を選ぶことはできないのです」

「え? どういうことですか?」

「それは……。あ、私と少し、お話していただけますか? お茶をお淹れしますので」

司書はそういうとニコニコとテーブルの下からティーセットを取り出した。

 

***

 

「では、お客様にはこちらの本をどうぞ」

「はあ、ありがとうございます」

図書館のルールは複雑なようでシンプルだった。利用者が自由に本を選ぶことはできない。その代わり、司書がその客の身の上や好みを聞いて、その人にぴったりの本を選んでくれるそうだ。俺はここ最近のことを話した。会社のこと、猫のこと、最近は無為に過ごしていること……。司書はとても聞き上手だった。

そして手渡されたのは表紙には何も書かれていない真っ白な本。

「ではあちらの席でご利用ください」

手のひらで指し示された椅子に座り、俺は渡された本を読んだ。中にも何も書かれていなかった。しかしなぜか何かの知識が頭に入ってくるようだった。俺は真っ白な本を、1ページ1ページ丁寧に噛みしめるように読んだ。

 

どれくらい経っただろうか。最後の1ページを読み終わりパタリと本を閉じた。すぐに立ち上がって受付に向かい、司書に本を返した。

「またのご利用をお待ちしております」

司書の笑顔に会釈で返し、俺はまた長い時間電車に揺られながら自宅へ戻った。

 

***

 

家について、窓を見た。庭には白い猫がいる。

「はあ〜今日も素敵。また追い返される前に、じっくり見ておこう〜っと」

「……ん?」

どこからか女性の声がした。留守にしてる間誰かに入られたか? 俺は慌てて全ての部屋に誰かいないか確かめた。もちろん押入れやベッドの下など、人がいそうな場所は全て見た。しかし誰もいなかった。気のせいだったかと部屋に戻ると、それはまた聞こえてきた。

「急にワタワタしてどうかしたのかしら?」

俺はなんとなく庭の猫を見た。

「きゃ! 目があっちゃった……! もうイケメ〜ン!! 好き〜ッ!」

俺はゆっくりと窓を開けた。

「やば! また追い返されちゃう!」

「お前が喋ってるのか」

「へ? あたしに話しかけた?」

「そうだ」

「えええ!!」

「えええはこっちのセリフだ!」

 

***

 

俺は部屋の中で猫と向かい合っていた。さすがに意思疎通できるものを追い返すことはできなかった。

「もしかして、あたしの独り言も聞こえてたのかしら?」

「まあ」

「や、やだ! 恥ずかしい〜!!」

猫はもじもじくねくねとしながら下を向いた。心なしか頬がポッと染まった気がする。当然気のせいだが。それにしても、不思議なことにあの本を読んだせいか、猫の言葉がわかるようになっているらしい。

猫の話はこうだった。3ヶ月ほど前、たまたま俺を見かけたこいつは、一目惚れしたらしい。理解はできないが言っている意味はわかった。まあ猫が話している言語と俺が知っている言語が同じなのかはわからないのだが。

「あたし、あなたのことが好きなの……。ずっと前から、ずっとずっと、好きだった気がするの」

「マシロ……」

俺はなぜかその名前をつぶやいていた。よくわからないロマンチックな話を聞かされて、ちょっとセンチメンタルな妄想をしてしまった。マシロにそっくりなのは、マシロの生まれ変わりだからなんじゃないかと。そんな都合のいいことを考えてしまった。

「……なんでかしら、その響き、あたし好きよ。昔からそう呼ばれていた気がするわ」

「そうか……そうなのか……」

「ちょ……泣いてるの? ああん泣いてる顔もイケメン!」

「空気読めよ」

「ふふふ、怒った顔もす・て・き」

「お前なあ……少しは感傷に浸らせてくれよ」

俺は思わず笑った。ずいぶん久しぶりだったせいか頬の筋肉が少し吊りそうになった。

 

***

 

「あら、この間の。今日はどうされましたか?」

ピピピピピと変な音がする自動ドアを通ると、受付の司書は前と変わらぬ笑顔で俺を迎えてくれた。本を読むには話さなければいけない。俺はちょっと恥ずかしくなって頭をかいた。

「実は、猫を飼い始めまして。ちょっと変なやつだったんで、その、動画を作ってみようかと」

「あ〜そうなんですね。それではこちらの本なんていかがでしょうか。『MeTuberになろう!』です。貸し出しはできないのですが」

「そういうの探してました。頭に叩き込んで帰ります」

俺はまた椅子に座って、1ページ1ページ丁寧に本を読み込んで、司書に返した。

「ありがとうございます。助かりました」

そう告げて立ち去ろうとする俺を、司書は呼び止めた。

「あの! お客様」

「ん?」

「またのご利用、お待ちしております」

司書はにこりと微笑んだ。

図書館の中は、なぜかふわりと風が吹いたような心地がした。