マクチュワスの悲劇
菅部 享天落
マクチュワスは人口が僅か百十数人しかいないごく小さな村だ。自然が豊かで、あちらでは牛を育て、こちらでは果物を栽培している。決して裕福とは言えないが、村人達は一瞬たりとも貧しいと思ったことは一度もなかった。彼らは互いを支え合って農作物を作り、その蓄えで長い冬を家族と暖かい部屋で過ごす。そして春が来れば、再びみんなで農作物を作る。彼らは家族やご近所づきあいをとても大切にしており、人と交わりこそが彼らの幸せなのだ。
そんな質素な生活をしている彼らであるが、ある時だけは奢侈品を買うことがある。それは誰かが亡くなった時だ。マクチュワスの北方に集団埋葬地があり、村人達は死ぬとそこに土葬される。その際、棺桶の中に切り花と共に奢侈品を入れる。これはマクチュワスに限ったことではなく、土葬が主流の地域ではよくあることであった。
そんなある日、マクチュワスで殺人事件が起こった。私の家の隣の老婆が何者かに殺された。一緒に住んでいた老爺は嘆き悲しんでいた。その日はみんなで葬式をした。牧師を呼んで讃美歌を歌った。牧師はマクチュワスの人ではないが、昔からここの葬儀を取り行なってきた。時折この村にやって来て村人と話をした。牧師ということ以外は良く分からないものの、感じの良い人ではあった。彼が聖書を読み終えると、私達は棺に花と奢侈品を手向けた。棺は黒馬が引く馬車に乗せられ、マクチュワス集団埋葬地に運ばれた。
この事件以来、村人は家を施錠するようになった。考えてみると、当たり前のことなのだが、マクチュワスの人々はこのようなことを経験したことがなく、家に誰が入ってきて、人を刺すなど考えたこともなかった。故に鍵穴は扉についた単なる飾りと化していた。
しかし、その努力をあざ笑うかのように数日経ったある日、二件目の殺人が起こった。殺されたのは酪農家の男だった。遺体は牛小屋で見つかった。牛の世話をしているところ誰かに襲われたようだ。
その日も牧師を呼んで歌った。花と奢侈品を棺に入れ、それを馬が引っ張った。この日を境に人々は仕事をするのが怖くなった。
「こんなこと初めてだ。怖くて身動きできねえよ」
葬儀が行われた晩、父はそう言って家で酒を飲んだ。
「他所者の仕業かな?」
「どうだろな。他所者がいればすぐ分かるんだけどな。誰も見かけてないってなるとなあ」
「まさか父さん、村の人を疑ってるの!?」
父はそれ以降何も言わなくなった。
ある朝のことだ。私が家ですやすや眠っていると、外から父の怒号が聞こえた。何事かと私は飛び起き、外に出た。辺りを見回してみると、少し離れたところで父とトニーさんが凄まじい剣幕で言い争いをしているのが目に入った。
「ちょ、父さん、トニーさん。どうしたんですか? こんなところで」
僕は二人の間に割って入った。
「ああ、聞いてくれよ。君の父親がな、俺のことを殺人者呼ばわりするんだ」
「てめえ、今朝、俺の家の周りをじろじろと見やがって。何してたんだ」
「だから、それは誤解だって言ってんだろ!? そんなことしてねえよ」
「んだと!? 俺はこの目見たんだよ。あれか? どこから入ろうか考えてたのか? 俺らを殺すために」
「だから、誤解だっての! ふざけんなよ」
この後も口論が続いたため、私はそれを無理矢理鎮め、その場を収めた。
その次の日、トニーさんは殺された。すぐに私の父が疑われた。父は強く否定した。トニーさんと別れたあと、父は私、母と家に日中いたと私が言うと、村人は私達が嘘をついていると誰かが言った。
それから、僕の家に脅迫状のようなものが毎日投函されるようになった。壁に家畜の血で『犯罪者は出ていけ』と書かれたり、窓に鶏の首を投げつけられたり、そんな嫌がらせが幾度となく続いた。
また、そんなある日、豚を育てているレンニさんと葡萄を育てているケイスさんがドンドンと勢いよくドアを叩きながら、こう言った。
「おい、私の豚の首を勝手に跳ねたのは君だろ?」
「それだけじゃあねえ、畑に妙な薬を撒いたのもお前だろ? 腹いせにやったのか? だったらそれはおかしいぜ。何せ人を3人も殺したんだからな。当然の報いだろ」
父はドア越しで「そんなことしていない、こんな状況でできるわけがないだろ」と言った。しかし、彼らは聞く耳を持たずに大声を上げながらドアを叩き続けた。
翌日、二人は殺された。
遂に村人たちは怒りが頂点に達し、鍬やら斧やらを手にしてドアや窓を破ろうとしてきた。私達三人は窓とドアを板を打ち付けて補強し、村人が侵入しようと夢中になっている間に裏口から出ていった。このドアは山仕事をする父が少しでも早く帰って来たいという要望から私達が勝手に作ったものだった。故にこの家を建てたヤーフさんは知らない。要するに私達以外誰も知らない。
それ以降、この村には一度も近づいていない。だが、新聞やニュースで話題になっていたのでここにその後のマクチュワスについて記す。
私達が出ていった後も殺人は続いたそうだ。村人達は「お前があいつ(私の父)がトニーを殺したって言ったんだろ」だとか「私はこんな事間違ってると思っていたけどね」だとか責任のなすりつけあいをしていたらしい。そして「犯人はあいつだ」「いや、俺じゃねえ、あいつだ」などと変な言いがかりで犯人探しをしていた。とうとう、村人達は誰も信用しなくなり、人との交わりは絶たれてしまった。村はみるみるうちに衰退していき、気が付けば地図上にマクチュワスの名前は消えていた。
のちに犯人が判明した。あの牧師だった。牧師は葬式中に棺へ入れる奢侈品を盗んでカネに変えていた。だから、人をどんどん殺していたのだ。
牧師は供述中にこんなことを言ったそうだ。
「確かに私は沢山の人を殺した。だが、全ての犯行が私のものかと言うとそれは違う」