シャッター通りの駄菓子屋さん

菅部 享天楽

 

 おおよそ13年程前、俺がまだ幼い子どもだったころ、貴ヶ原町(たかがはらちょう)には活気溢れた商店街があった。

 日中は各店先で幟が靡き、声を上げて客寄せをしている。夜になれば提灯に明かりが灯り、仕事終わりのサラリーマンの疲れを癒す。当時はそんな場所だった。

 しかし、今はその見る影もない。9割以上の店舗がシャッターを下ろしている。日中にも関わらず、しんと静まり返っており、夜は明かりがないため痴漢が多発するようになった。人よりも野良猫の方が多い気がする。そのくらい廃れてしまっていた。

 正午を過ぎたころ、俺は小さな店のシャッターを開け、看板を店先に出した。『駄菓子屋ハマウチ』これがこの店の名である。

 俺は電気をつけると、カウンター席に座ってパソコンを開いた。売り物の駄菓子を食いながら、プログラミングの仕事をしていた。

 静かな場所で仕事をするのはとても快適だ。俺の家の近くには幼稚園があり、いつも騒がしい。決して子どもが嫌いというわけではないのだが、仕事中に甲高い声で騒がれると、どしても気が散ってしまい作業が全くできなくなってしまう。店を開けていても二日に一組入るか否かのものなのでシャッターを閉めたままにする必要もない。気が付けばここで仕事をするのが日課になっていた。

 4時間経っても客は来なかった。店内はタイプ音だけが響く。時々蟋蟀(コオロギ)の鳴き声と、空き缶の転がる音が外から空しく聞こえてきた。俺は立ち上がり、背中を伸ばした。数回体を捻り、コーヒーを買おうと商店街の入り口に設置してある自販機まで向かった。

 日が西に傾いており、商店街を橙に染めている。強い北風が吹き、バタバタと下りたシャッターがあちらこちらで音を立てた。近くのショッピングモールのロゴが入った袋がふわっと舞い、目の前を横切る。並んで歩く二人の女子高生とすれ違った。都会に住んでこんなお洒落な生活をしたいと語り合っていた。何故だろう、急に虚脱感に苛まれた。

俺は自販機でブラックコーヒーを買い、だらだらと店へ帰る。すると店の前にリアカー屋台が停まっていた。カウンターには様々な生き物を模した飴細工が陳列されている。暖簾には『あめ細工 紫金魚』と書かれていた。店へ戻ると紫色の和服を着た青年がカウンター席に座っていた。

「やあ、濱内君。店主が店をほったらかして外出なんて駄目じゃないか」

「綾崎(あやさき)……何しに来たんだ?」

「冷たいねえ、君は。生存確認に決まっているだろう?」

「俺は爺じゃねえんだよ」

 それを聞くと綾崎は腹を抱えて笑った。俺は何がそんなにおかしいんだと思いながらそれを見つめていた。

「ははは、いやあ、ごめん、ごめん。それで、どう? 儲かってんの?」

「聞かずとも分かるだろ。儲かってねえよ」

「あちゃー、それは苦労してるねえ」

「別に苦労はしてねえよ。本業で十分稼いでる。それで、お前はどうなんだ?」

「欲を出さねば問題なく暮らせるくらいには稼いでるさ」

「飴細工って意外に稼げるんだな。てっきり仕事をしながらじゃないとできないもんだと思ってた」

「そりゃあ、君。色んなところに売り込みに行ったからねえ。それなりに大変なことをしてんのさ。ああ、そうだ。ちょっとまってておくれよ」

 そう言うと若き飴細工職人は店を出ていった。程なくして両手に飴細工を持って戻ってきた。右手には紫色の金魚、左手には白い招き猫。

「じゃじゃーん! ほら、招き猫。この店が繁盛するように、あげるよ」

「あ、ああ。ありがとな」

 俺は飴細工を受け取って取っ手の割り箸をくるくる回した。この飴細工は本当によくできている。顔の書き込みも丁寧に施されており、手招きする前足にも指がきちんと彫られている。そして、黄色い小判には千客万来の文字。綾崎の持っている金魚もそうだ。色はアレだが、川に入れたら泳ぎだすんじゃないかというくらい見事な出来だ。

「そう言えば、君。今月末にこの商店街でハロウィン市があるだろう? 君は参加するのかい?」

「ああ、一応。毎年参加してるからな」

「それはいい! 実はねえ、僕も参加することにしたんだよ」

「そうなのか」

「いやあ、楽しみだねえ。他にも色んな屋台が出るみたいだからきっと盛り上がるだろうねえ」

「……そうかもしれないな」

「あまり乗り気じゃないね。大して興味のない感じだったのかな?」

「そうだな」

 ハロウィン市、このイベント自体は13年前から続いている。かつてはこの商店街の面々が仮装して、夕方から夜にかけて、お菓子や雑貨などを販売していた。しかし、今は降りたシャッターの前に屋台を立てて、そこで物品販売をするというスタイルになっている。しかもその大半は都会の有名なスイーツ店の出張販売だ。そこの屋台には商店街の人間は勿論、貴ヶ原町の人間は俺を除いていない。

屈辱的な気分だ。まるで貴ヶ原町が都会の一部になってしまったかのような心持ちである。そして、貴ヶ原町の人々がそれを良しとしているのも歯がゆかった。だから俺は都会の支配に反旗を翻すべくこのハロウィン市に参加している。そうでもしなければ、負けたような気がしてならないのである。

「そっか……ごめんね、俺初めてだったからちょっと浮かれてた」

「いや、俺の方もすまないな。気分を悪くさせてしまったな」

「気にしないでよ」

 綾崎は笑顔でそう言った。

 

 

 

 商店街には昼間から多くの人が訪れていた。

 今日は例のハロウィン市が開催される日だ。アーケードの入り口や道中にジャックオランタンの置物や「ハロウィン市」と書かれた幟が立っていた。また、出店者たちは黙々と屋台を設置し、物品を並べていた。俺は屋台に駄菓子を適当に配置しながら、辺りを見渡した。綾崎はまだ来ていないようだ。

 開始20分前になって漸く綾崎がやって来た。綾崎は俺の向かいの所に屋台を停める。こちらに気が付くと手を振ってこちらに近づいてきた。

「やあ、濱内君」

「綾崎。何しに来たんだ?」

「冷たいねえ、君は。生存確認に決まっているだろう?」

「態々こっちに来る必要なかっただろ」

「そう言うなよ。ああ、君。椅子か何か貸してくれないかい? 立ちっぱなしはしんどいからねえ」

「ハロウィン市で座って売買してるやつなんか今まで見たことねえよ」

「周りなんてどうだっていいのさ」

 俺は店からスツールを持ってきて綾崎に渡した。「いやあ、助かるねえ」と綾崎が礼を言い、リアカー屋台の前に置いて腰かけた。

 綾崎の屋台にはいつも通り飴細工が陳列されている。ただ、ハロウィンにちなんで可愛らしいお化けやデフォルメされた蝙蝠、怪しい黒猫などの飴があった。

 愈々ハロウィン市が始まった。開始間もなく商店街は多くの人でごった返した。まるで13年前に戻ったように繁盛している。しかし、俺は嬉しいような腹立たしいような複雑な心境であった。大人から子どもまで幅広い年齢層の客がいたが、若い女性がその多くを占めている。お目当ては勿論お洒落なスイーツ達。スイーツ店には長蛇の列ができていた。紫金魚にも人だかりができていた。しかし、大半の人は飴細工を写真に収めて颯爽と去って行った。そして、俺のところはというと、誰一人客はいない。

あまりにも退屈だったので、飴細工を作っている綾崎を眺めていた。湯気の立った見るからに熱そうな飴を和鋏で形を整え食紅で模様をつける。兎が完成した。僅か1、2分の出来事である。それを小さな子どもに手渡した。その後も様々な動物の飴を作っていたが、俺は途中で見飽きてしまい商店街の入り口の方を見つめていた。客はどんどん入って来る。

「あのう、あのう……」

 俺がぼんやりと遠くを見つめていると、正面から声がした。そちらに目をやると小さな男の子が立っていた。手にはお化けと紫色の金魚の飴細工を持っている。

「いらっしゃい」

「あのう、これと好きなお菓子を交換してくれるって、あのお兄ちゃんが……」

 少年はそう言うと紫色の金魚を差し出した。ちょっと待て、なんだそれ?

 俺は綾崎の方を見た。綾崎は顔の前で両手を合わせてこちらを見つめている。おい、まじかよ。

「ああ、好きなのを選びなよ」

「どれも見たことないお菓子だ……」

 男の子はまじまじと駄菓子を見つめてポツリとそう言った。悩みに悩んだ末に、ラムネを持って行った。

その後も子どもがやってきて紫色の金魚と駄菓子を交換した。飴の部分はビニールで包装されているため、そのままトレーに置いて問題はないのだが、兎に角嵩張る。気が付くとトレーを3つも使っていた。

 最初の男の子もそうだったが、駄菓子を食べたことがないという子どもが殆どであった。子ども達は交換したもの以外も食べたい、保護者は懐かしいと言って購入してくれる人達もいた。俺の駄菓子屋は例年と比べて駄菓子はなくなった。だが、売り上げは少なかった。金魚のせいである。

 23時を過ぎ、ハロウィン市は終わった。出品者は店じまいを始めた。俺も売れ残った駄菓子を店内に運ぶ。

「やあ、濱内君。腰掛を有難う」

 綾崎がスツールを俺の方に差し出した。

「有難うじゃねえよ。飴1個を駄菓子と引き換えなんて聞いてねえぞ。おかげで赤字だっての」

「あちゃー、それは申し訳ない。ならその飴買いとるよ。1本50円でいいかい?」

 「いや、別にそこまでしなくてもいい」と言いはしたが、綾崎は本数分のカネを渡した。

「じゃ、俺は帰るから。また今度なー」

 綾崎は手を振って自分の屋台へ歩いて行った。買いとった自作の飴を咥えてリアカーを引いた。

 

 

 

 それから、俺の店にちょっとした変化があった。

 あのハロウィン市以降、客が少しずつ増えていった。今まで駄菓子を食べたことのなかった子どもが色んなものを食べてみたいとリピーターになっていたのである。更に、その子どもが友達を連れて来て、更にその友達が友達を連れて来て……といった具合で新しい子も見かけるようになった。店内が騒がしくなってしまい、本業に集中できないため、定休日を新たに設けようかと思ったが、家にいてもどうせ集中できないからまあいいか、といつも通り営業することにした。

 店も落ち着き、客が誰もいなくなったので、俺は自販機でブラックコーヒーを買いに行った。店へ帰ると店の前にリアカー屋台が停まっていた。カウンターには様々な生き物を模した飴細工が陳列されている。暖簾には『あめ細工 紫金魚』。店へ戻ると例青年がカウンター席に座っていた。

「やあ、濱内君。店主が店をほったらかして外出なんて駄目じゃないか」

「綾崎……何しに来たんだ?」

「冷たいねえ、君は。生存確認に決まっているだろう?」

「俺は爺じゃねえんだよ」

 それを聞くと綾崎は腹を抱えて笑った。俺は何がそんなにおかしいんだと思いながらそれを見つめていた。

「ははは、いやあ、ごめん、ごめん。それで、どう? 儲かってんの?」

「聞かずとも分かるだろ。儲かってねえよ。……ただ、前よりかは幾分ましだな」