やらかした正月

上坂 涼

 

 当たった。一等。宝くじ。七億円。ウハウハ。

「当たったああああああ!!! うわああああああ!」

 私は一枚の紙切れを丁重に掴みつつ、天高く掲げた。正月からずっと餅を食らい過ぎたのか、腕も腹も重かったが、こればかりは掲げざるを得ない。

 苦節三年。高校を卒業して早々に職に就いた私は、玉の輿ばかり夢見ていた。しかし現実はそう上手くいかなかった。政治家を目指していたはずの高校一年生の頃から付き合っている彼氏は、世界を股にかけるバックパッカーとして名を馳せることが政治家への第一歩だ! などとたわけたことを言って、毎週のようにキャンプ場を点々としている。とにかくアホ。大学三年生になったのだから勉強しろバカ。

 他に良い物件はないかと周囲を見回したところで、皆無もいいところ。むしろ問題物件が私に購入をせがんでくる状況だ。

 最近特にやっかいなのは職場で言い寄ってくる上司と街コンで知り合った大学一年生の年下男子。上司は顔がオランウータンそっくりだし、バツサンだし、引き笑いなのがキモくてサイアク。あと脇がクサい。一方の年下男子は小栗旬似のイケメンだけど、バービー人形おままごとと、昆虫実験が趣味のヤバいヤツ。しかも私のストーカー。

 だがしかぁし! そんなヤバいやつらにモーションかけられる日々とは今日でおさらばだ!! ははは……だって、今私の手の中には七億円が握られているんだもの。おさらば出来ない方がおかしいわ。お金の力で業者雇って、ちょちょいのちょいで東京湾に浮かべちゃおうかしら。おほほほ。

「あきこー! 昼ご飯出来たよー」

 そうやって悦に入っていると、下の階から母親の声が飛んできた。奇跡的瞬間に立ち会っている自分にとって煩わしいことこの上ないが、返事をしないと変に思われるな。

「はーい!」

 ふと私は手に握られた七億円の元に目をやった。

 ……ひとまず返事したものの、ここは素直に従って良いのか? 七億円だぞ? すぐに引き換えに行くべきなんじゃないだろうか。今日は支払期間初日の一月八日。銀行に行けばさっそく七億円を支払ってくれるだろう。

「……よし。七億円をもらいに行ってやろうじゃねえか」

 しばし考えた末、私はやはり銀行に行くことにした。

「明けましておめでとうございます!」

 私が一階に降りると、居間にいとこの兄妹がいた。こたつの中でぬくぬくしている。どちらも中学生。今はおすまししているが、その本性は凶暴で残忍なモンスターだ。大人になるまでに絶対にTwitterで炎上する。というか挨拶来るの遅くないか? もう正月から一週間は経ってるんだけど?

「……」

 私は兄妹とにらみ合いのような状態になった。あの目は間違いなく金を欲している目だ。あの口の中では今、喉から出てきた手が手招きしていることだろう。ここは急いでいるふりを決め込んで、家から脱出したいところだが……。

「もう明子。廊下に突っ立ってないの。入口に立たれちゃ通れないでしょ」

 母が雑煮を乗せた盆を手に持って、私の前まで歩いてくる。

「ほらどいたどいた」

「あ、うん」

「明けましておめでとう。今日日本に帰ってきたんだって? 挨拶来るの落ち着いてからでも良かったのにー」

 母はそう言って、こたつの上に雑煮を置いた。

「あとこれ。はいお年玉」

「ありがとうございます!!」

 雑煮を置いた時とテンションが全然違う。そうです! 目的はこれです! と言っているようなものだ。礼儀知らずというか年相応というか……。

「ほら。あんたもあげなさいよ。せっかく来てくれたんだから。どーんと一万円くらいあげたら?」

「あはは……」

 兄妹はあくまでとぼけたような顔をして私を見てくる。私はあの顔が嫌いだ。期待をひた隠しにしているつもりなんだろうが、全然隠せていないあの顔! 憎たらしいったらありゃしない。

「ちょっと……なにぼーっとしてんのよ。まさかまたどこかでお金使ってきたんじゃないでしょうね? 競馬? ホスト?」

「ば、違うよ! 今用意するから待ってて!」

「明子お姉ちゃん!」

 この際、ポチ袋はもう良いだろうと私が肩に掛けたバッグをまさぐろうとした時、妹の方がこたつから抜け出してきて、私に抱きついてきた。

「ど、どうしたの? 好美ちゃん」

「お金持ってないなら良いの。あたし達、今日はお年玉もらいにきたんじゃないもん。二人に会いに来たんだもん」

「へ、へぇ」

 嘘つけ。こいつ……良い子アピールして貰える金額を昇格させに来やがった。母親の前でこうまでされて、はい千円とはいかない。小癪なやつだ。案の定、母親のじとりとした目線が飛んできた。

「そ、そっか。けどせっかく会いに来てくれたんだから、お年玉あげるよ。これで美味しいものでも買いなね」

 そう言いながら私はバッグをまさぐる。

「あれ?」

 ない。財布がない。七億円が入った私の財布! 慎重すぎるがあまりうっかり部屋に置いてきたか!?

「あ、ごめんね! 財布部屋に忘れてきたみたい! ちょっと待ってて!」

 ダダダと階段を駆け上がり、自室へと飛び込む! 

「私の財布!! どこだ! 七億! ない! ない! ないぞ! どこいった!?」 

 探せども探せども財布は出てこない。さすがにおかしい。廊下か階段か?

 私は目を皿のようにして床を見て回った。しかし見つからない。

「なんで……どうして」

 呆然自失となりながら私は一階に降り立つ。そして一つの異変に気付いた。

「あれ? いとこ達は?」

「ああ、なんかお金ない人にお年玉貰うのも悪いからって、さっさと帰っちゃったよ。良い子達よねぇ~」

 絶対あいつらだあああ!! 普通身内の財布パクるか!? あいつら頭イカれてんぞ!

「畜生! ぶっ殺してやる!」

「あんた!! なんてこ――」

 私はタコのように顔を真っ赤にする母親を押しのけ、サンダル引っ掛け、外へと繰り出した。

 

「くそ……餅さえ食っていなければ」

 もうかれこれ三十分以上は追いまわした。けれど奴らはすばしっこく、どうしたって追いつけない。頼みの綱は奴らの携帯に搭載されたGPS機能のみ。親戚同士仲が良いことを今日以上に有難く思ったことはない。

 それにしても電源を切ればすぐに私を巻くことが出来るというのに、奴らはそれをしない。確実に私をおちょくっている。追いつけるものなら追いついてみろと言っているのだ。ああ忌々しい。

 だが絶対に私が折れることはない。そこに七億がある限り!

「うおらああああ!」

「き……奇遇だね。ど……どうしたの?」

「あ、愛くん!」

 街中を駆け抜ける私に並走する形で話しかけてきた男は、小栗旬似の年下男子だった。今日も今日とて私をストーカーしていたんだろうが、私の行動を見て居ても立っても居られなくなったのか。だがこれは好機だ。利用しない手はない。

「そ、そうなの。あそこに私のことをちらちら振り返りながら、笑ってるクソガキがいるでしょ? どうにかして捕まえたくて……」

「なるほど。例の宝くじを彼らに盗まれたわけですね」

 は?

「え、ええっと、宝くじ?」

「そうです。はは、何を今更。さっき当たったとか七億貰いに行くとか言ってたじゃないですか」

 え、待って。こわいこわいこわい。これってもしかしなくても盗聴されてた?

「あ、盗聴されてた? とか思ってますか? そうです☆」

「そうです☆ じゃねえよ! バカ野郎!」

 私はブチ切れた。これまで自室で発していた口の悪い独り言を何もかも聞かれていたのだと思ったら、清楚なキャラを演じる気も早々に失せた。

「あの……明子さん。もし彼らから宝くじを奪い取ったら……その……」

「あ゛!?」

 こいつこの期に及んで何を言うつもりだ?

「一生僕のことを養ってください!」

「ふざけんなバーカ! 嫌に決まってんだろ!」

「じゃあ良いんですね? 七億円をみすみす彼らの親に渡してしまっても。きっと知らぬ存ぜぬを貫くでしょうね。むしろ目障りな貴方をピーしてしまうかもしれません。あ、この会話録音してるので。後で知りませんは無しですよ」

「なんてやつ」

 お前なんかの力を借りずとも私一人でなんとかしてやると思いたかったが、その気持ちに反して餅を食い過ぎた私の身体は限界を迎えていた。一方の盗聴野郎は息切れ一つせずに涼しい顔をしている。思いのほか体力があるのかもしれない。もはや七億円とこいつを養うことを天秤にかけるまでもなかった。

「分かったわよ……。その代わり、奪い取れなかったらあんたを養うのは私じゃなくて、刑務所だということを覚えておきなさい」

「良いでしょう」

 盗聴野郎は口をU字に曲げると、スマホを耳に当てた。こんな時にいったい誰に……。

「交渉成立しました。いけますよ」

 盗聴野郎がそう言った瞬間、人影が私の正面と左に現れた。

「話は聞かせてもらった! 俺に任せとけ明子!」

「俺の大事な部下であり妻にしたい女になんたることを! 許せん!」

「は?」

 今彼と上司だった。目が点になるというのはこういうことか。どうしてお前ら知り合いなのかとか、まさか全員私を盗聴していたのかとか、色々な疑問が頭の中を駆け巡って開いた口が塞がらない。

「明子! 一億円くれ! あと結婚しよう!」

「明子くん! 私の妻になってくれ!」

「なんなんだああああああ!!!」

 私は一瞬酸欠になりかけるほど全力で吼えつつ、盛大に髪を搔きむしった。

「七億円! 七億円!」

「あそれ七億円! 七億円!」

「もいっちょ七億円! 七億円!」

 三人は私の正面と左右をがっちり囲んで、七億円コールを始めた。もうほんと殺してやりたい!! みんな見てるし! 七億円当たったのバレたくないし! あああああもう!!

「わかった! わかったわよもう! お前らが今言った望み通りにするから早く捕まえてこい!」

「ラジャー!」

 待ってましたと言わんばかりに男どもは私をみるみるうちに突き放し、あっという間に兄妹をふん捕まえた。その間、わずか十秒。これまでの私の努力はなんだったのか……。餅を食ってなければと心の底から後悔した。

「ほら出せ!」

「んーん! んーん!」

 私がぜいぜいと皆に追いつくと、上司が財布を胸に抱く妹の腕をほどこうとしているところだった。しかし力の加減に迷っているようでなかなか財布を奪い取れない。

「おいおい。まさか本当に七億円持ってんのか? もしかして嬢ちゃんが守ってる財布の中かぁ?」

 次から次へと……今度はなんだこの野郎! と怒り心頭で声がした後ろへ振り返ると、十五人ほどの怖い人が立っていた。

「お前らが七億円七億円言いまくるからだぞ馬鹿野郎!」

 私がクズ男三人に怒鳴り散らすも、三人は恐怖からか顔を青くして固まってしまっていた。

「とっととよこせおら!」

 なんと怖い人のリーダー格らしき男が、好美ちゃんの顔面を思いっきりひっぱたいた。子供になんてことを……犯罪だ。怖い。やばい。

 そうして私もいつの間にかクズ男三人と同じように顔を青くして固まってしまっていた。

 ふと気づけば、泣きじゃくる好美ちゃんと慰める兄。変わらず顔を青くしている男三人。そして財布を天高くかざしながら、立ち去っていく十五人の背中が見えた。

 でもまあ、これで良かったのかもしれない。私のような半端者に七億円なんて端から相応しくなかったんだ。こいつらともクソみたいな契約結ばなくて済むし。うん。真面目に頑張ろう。そうやって心を綺麗にしていったら、きっと素敵な王子様が私を見つけてくれる。

「……」

 と思ったけど、七億円だぞ? こんなみすみす逃していいのか? ……いや、いいわけねえよなぁ? なぁ!?

「うわあああああ!!! 返しやがれえええ!」

 私は路傍に落ちていたビール瓶を手に取って振り降ろした。鮮やかな破砕音とともに、ビール瓶が立派な刃物へと変身する。

「てめえらも来いよ! 私と一緒になりたいんだろ!?」

「う、うわあああああ!!」

 私とクズ男三人は雄たけびを上げて、十五人の背中に飛び込んでいった。

 

 壮絶なる乱闘の末、五人の死者を出してしまった私達はみんな仲良く刑務所に収監されることになった。もちろん七億円が手に入ることもなくなった。

 私は一人、独房の中で一人ごちる。

「やらかした……」

 今思えば、正月から餅を食いまくっていた時点で、私はやらかしていたのかもしれない。けどそれも、今となってはどうでも良い話だ……。