お金をくれなきゃひどいことするぞ! ~Money or Terrible!~

上坂 涼

 

 町内一の小悪党、愛洲信人(あいすのぶと)はニヤリとして十ミリのマルボロの吸いさしを排水溝に投げ入れた。

「ドーンと行くぜ!」

 そう息巻いて長いツバを引き下げて帽子を目深に被り、建物の影からぬっと躍り出て、目的のマンションの入り口へとズンズン歩いていく。

 信人の夢は億万長者になることだった。そのためにまずは空き巣を繰り返して軍資金をかき集めている。たんまりと金が貯まったらラスベガスへ渡航してカジノで大勝ちして億万長者になるというプランだ。

 今日の信人は既に空き巣を一回成功させたことで、気が大きくなっていた。ゆえに次のターゲットはあえて在宅中を狙った犯行をすることにしたのだ。信人にとってそれは人生初の強盗でもあった。言わば小悪党から悪党にクラスチェンジ出来るかどうかの昇格試験だ。

 伊達に人口約七千人の町を賑わしているつもりになってはいない。ちゃんと下見もバッチリしている。侵入するマンションのセキュリティレベル、マンションの廊下と周辺の道の人通りが少なくなる時間帯、ターゲットの女が帰ってくる時間帯などなど。強盗を行うにあたって必要な準備は万全だ。

 今日は十月三十一日。ハロウィンナイト。家のセキュリティが甘くなる日だ。通常は見知らぬ人が訪ねて来たら警戒する。だがハロウィンに限っては、コスプレをした人が訪ねてくればお菓子を持って、玄関から顔を出すのが常。だから信人も魔法使いのコスプレをして、しれっと玄関を開けてもらうつもりでいた。

 三〇四号室の前に辿り着き、高鳴る胸を撫で下ろして整えつつ、ゆっくりとインターホンを押した。

「はーい」

 ほんとに出た……! 

 信人はマイクに近づいて、小さな声で呟く。

「お、お金をくれなきゃひどいことするぞ……!」

「えー。なにそれ。お金まで欲しいだなんて欲張りだね。ちょっと待っててね」

「……え? あ、はい」

 なんだ? なんか勘違いしてる? 

 今からでも逃げ出そうかな、などと弱腰になっている間に玄関のドアが開いてしまう。隙間からショートヘアの女性が顔だけ覗かせる。

「ひどいことって、例えばどんなことするの?」

「え? えっと、そりゃああれだよ……両手両足縛って、ご、拷問だよ……」

 気味悪がられるか、怖がられるかすると思いきや、女はニコッと笑って玄関ドアを開け放った。

「わー。こわーい」

「あ、あの」

 一足先に廊下の奥へと歩いていく背中が、くるりと回る。その表情は変わらず笑顔。

「ほらほら。早く入ってきて」

「あ、はい……お、おじゃましまーす」

 恐る恐る家の中に入り、玄関扉を閉める。そこで気づく。鍵をかけるか、かけまいか。

「ちゃんと鍵掛けてね!」

「あ、はい」

 ……これ、逃げないで大丈夫か? このままここにいたら、何か変なことされるんじゃ。自分が狩人側であることも忘れ、信人は悪い意味で心臓を高鳴らせてる。とにかく返事をしたからには鍵を掛けねばと、信人は律儀に上下二段になっている鍵の取っ手をひねり、ドアチェーンもきっちりと掛けた。

「ねー早くおいでよー」

「は、はい!」

 ええいままよと信人は廊下をズンズンと進み、突き当りにある半開きの扉を押した。

「ぬぁ!?」

 するとそこには下着姿の先ほどの女性が、ソファーに寝そべってこちらを色っぽく見上げていた。わけがわからずワタワタと顔の前で両手を振りかざす。

「い、いったいなにをしてるんですか!?」

「えー、なにって誘ってるんでしょ? 貴方だってそのために来たんじゃない」

「えぇ!?」

 やはり何か勘違いをしているようだった。まさかコンビニに置いてある成人向け雑誌のような展開が、現実に起ころうとは信人は予想だにしていなかった。いっそこのまま流れに任せてしまおうかとも一瞬思ったが、すぐに頭をブンブンと振る。やっぱり無理と言わんばかりに、ヘナヘナと床に両膝をついてしまう。信人は流れに身を任せられるほどの度胸すら持ち合わせていなかった。

「ちょっとまって。もしかして今日約束した『女尊男卑バンザイ』さん、じゃない?」

 コクコクと頷く信人をしばらく見てから、大きく息を吐く。

「なるほどねー。道理で様子が変だなあと思った。SNSだと発言がおじさんっぽかったのに、見た目も若いなあとか思ってたし」

 そこまで言って、女性はじっと黙って信人を見つめた。その眼差しにはまるで詰問されているような圧があった。

「それで?」

「そ、それで、と言いますと」

「私と大人の遊びするために来たんじゃないなら、なにしに来たの?」

「……その。お金をいただきに」

 女性がソファから立ち上がり、下着姿のまま信人の前までやってきてしゃがみ込む。ぐぐっと顔を近づけてきて、鼻と鼻がぶつかりそうになった。その表情はさながらガンを飛ばすヤンキーで、きっと怖いことをされるんだと観念した信人はこわごわと両まぶたを閉じた。

「なんでそんなにお金が欲しいの?」

「そ、それはその……俺を育ててくれた孤児院に早く寄付がしたくて。このままだと潰れちゃうって聞いたから」

 沈黙。いまにも拳が飛んでくるのかと思い、歯を食いしばっていたが、一向に飛んでこない。ゆっくりと目を開けてみると、片手を頬に当ててにんまりと笑う女性の姿があった。

「健気だねぇ。それで強盗みたいなことしようとしたの? 可愛いかも」

「か、可愛い? 変な奴だって思わないんですか?」

 女性が口を開きかける。と、そこでインターホンの呼び鈴が鳴った。女性が立ち上がり、室内の壁に取り付けられた受話器のスイッチを押す。

「あ、こんにちはー。今日は会う約束してくれてありがとうございますー。女尊男卑バンザイと申しまーす」

「ごめんなさーい。彼氏に怒られちゃったから、やっぱり帰ってくださーい」

「えっ――」

 女尊男卑バンザイの声が無慈悲にもピッという短い音でシャットアウトされ、再び静寂が戻った。

「変な奴だなんて思わないよ。だって私も変な奴だもん。女刑事やってるのに、裏アカ作ってこんなことしてるんだよ? わざわざこういうことする専用の部屋まで契約してさ」

 女刑事……刑事!? 信人はあわあわと慌てて立ち上がった。しかし逃げ出してもすぐに捕まりそうだし、襲いかかっても返り討ちにあってしまいそうで、立ち上がったはいいものの、その場でまごまごするしかなかった。

「そんな怖がらないでよ。協力してあげる」

 女性は――もとい、女刑事はまごまごする信人の肩に、すらっとしつつも逞しさの備わった腕を回して、耳元で囁いた。

「だから私と付き合ってよ。恋人になってって意味ね。とりあえず今住んでるところ引き払っておいでよ。家賃勿体ないでしょ? ここに住まわしてあげる」

「は……はい」

 信人に拒否権はなかった。女刑事の住む家に強盗を仕掛けようとしたのだ。ここで拒否すればタダで済むはずもなかった。

「それで?」

「そ、それで、と言いますと」

「どれくらい貯めるつもりなの?」

「とりあえず百万円……です。そしたらラスベガスに行って、カジノで一億円稼ぎます」

 女刑事の腕が、信人の肩から首へと回る。

「いたたたた!」

「計画性なさ過ぎ! だから強盗するみたいな考えになるのよ。私がじっくりプラン立ててあげるから、貴方のこと全部教えなさい」

「は、はい」

 自ずと笑みがこぼれた。信人は遅れてそれに気づき、少し気恥ずかしくなる。なんだかとんでもないことになったけれど、今までより前に進めたのかもしれない。それはそれとして、先ほどから気になっていたことがあったので、伝えることにした。

「あ、あの。そろそろ服を着てくれませんか」

「何いってんの。これから下着も脱ぐんだからこのままで良いの。言っとくけど、貴方も脱ぐのよ」

「えぇ……」

 本当に前に進めたのかどうか、すぐに分からなくなる信人であった。